債務者が貸したお金を返してくれない場合、債権者としては、貸金返還請求訴訟を提起し、支払いを命ずる旨の判決を取得することになります。
判決が出されたことによって債務者が任意にお金を返してくれればよいのですが、それでも返してくれない場合には、最終的には強制執行により債権回収を図ることになります。
具体的には、判決を債務名義として、債務者が所有している不動産や預金口座、給与などの財産に対して差し押えを行います。
では、債務者が無職であるため給与差押えができず、その他に財産がないものの、年金や生活保護を受給している場合、これらを差し押さえることはできるのでしょうか?
この点に関して、以前ご相談がありましたので、解説いたします。
相談者のさとるさん(仮名)には、中学校以来の付き合いの友人たける氏(仮名)がいます。
さとるさんとたける氏は、とても気が合う友人でした。
よく一緒に飲みに行っては、仕事やプライベートの愚痴を言いながら、一晩中飲み明かしたこともありました。
そんなたける氏は、少し不器用な面があったため、なかなか職場の人間関係に馴染めず、職を転々としていましたが、45歳になる頃、地元の小さなトラック運送会社に就職し、トラック運転手として日々働いていました。
トラック運転手として全国を駆け回っていたたける氏ですが、60歳を迎えた頃、気力・体力ともに低下していくのを感じていました。
そのため、考え事をしてぼーとしていたこともあって、トラックから降車する際に自分の手をドアに挟んでしまい、指の骨を折るという大怪我を負ってしましました。
この怪我によって、トラックの運転ができなくなり、たける氏の給料は下がってしまいました。
そのような中、さとるさんはたける氏から、「生活費が足りなくなってしまったため、200万円を貸してくれないか」と泣きつかれてしまいました。
たける氏は、消費者金融からすでに500万円ほど借金をしているようでした。
さとるさんは、友人といえども、人にお金を貸すことに抵抗はありましたが、中学校以来の付き合いということもあり、たける氏を放ってはおけず、200万円を貸してしまいました。
その際、借用書は作りましたが、たける氏にはさとるさんしか頼れる友人がいないため、保証人など特に担保を付けませんでした。
その後、たける氏に少しずつでもいいからお金を返すように言いましたが、一向に返してくれません。
それどころか、
「以前一緒に飲みに行った際にさとるさんの飲み代を立て替えてやったから、その立替金を返せ」
などと言ってくる始末です。
現在、たける氏は無職となっており、年金と生活保護を受給しているようで、不動産や預貯金などの目ぼしい財産はありません。
安易にお金を貸してしまったさとるさんも悪いですが、なんとかしてたける氏から貸したお金を回収したいとのことでした。
そこで、たける氏が受給している年金と生活保護を差し押さることはできるのでしょうか?
(※個人情報秘匿のため、仮名を用い、一部事案を変更しています。)
優しいさとるさんは、たける氏を放ってはおけずに、200万円という大金を貸してしまいました。
では、たける氏が受給している年金や生活保護を差し押さえ、強制執行をすることができるのでしょうか?
債権差押えとは、民事執行法に規定されている強制執行の1つです。
債務者が第三債務者に対して有する給与や預金などの債権を、確定判決や仮執行宣言付判決などの債務名義に基づいて差し押さえ、債権回収を図る手続です(民執143条以下)。
「債務名義」の種類については、以下のものが規定されています(民執22条)。
【債務名義】
ア.裁判所が関与して作成されるもの | 確定判決、仮執行宣言付判決、和解調書・調停調書等の確定判決と同一の効力を有するものなど |
---|---|
イ.裁判所書記官が作成するもの | 仮執行宣言付支払督促、訴訟費用・執行費用等に関する裁判所書記官の処分、確定した支払督促 |
ウ.公証人が作成するもの | 強制執行認諾文言付き公正証書 |
裁判所から債権差押命令が発令され、これが第三債務者に送達されると、差押えの効力が生じます。
それ以降、債務者は第三債務者に対する債権の取立手や債権譲渡などその他の処分が禁止され、第三債務者は債務者への弁済が禁止されます(民執145条1項)。
そして、金銭債権の場合、債権差押命令が債務者に対して送達された日から1週間を経過すると、債権者は直接、第三債務者からその債権を取り立てることができ(民執155条1項)、第三債務者が任意にこれに応じない場合には、取立訴訟を提起することになります(民執157条)。
債権者は、自らの債権の回収を図るため、債務者の財産をできるだけ多く金銭に換価しようとします。
他方で、債務者としては、あまりにも多くの財産を差し押さえられてしまうと、生活ができなくなってしまいます。
そこで債権執行手続においては、債務者及びその家族の生活保障等の社会政策的配慮その他の目的から、差押えが禁止されている債権があります。
これを大きく分けると、
に分類されます。
①民事執行法上、差押えが禁止されている債権
などがあります。
給与などの債権は、手取額を基準として、原則4分の3を差し押さえることが禁止されています。
ただし、給料などが33万円を超える場合には、その超える部分については全額差し押さえることができます。
②特別法上、差押えが禁止されている債権
代表的なものは、
などがあります。
そのため、たける氏が受給している年金や生活保護は、
「受給者の生活保障等の社会政策的配慮」から「差押禁止債権」に当たります。
したがって、さとるさんはこれらについては差押えることができません。
③権利の性質上、差押えができない債権としては、以下のものがあります。
【権利の性質上、差押えができない債権】
ア | 債務者の一身専属的な債権 |
---|---|
Ex.氏名権、商号権、財産分与請求権、遺留侵害額請求権など | |
イ | 公権力の主体のみが行使できる公法上の債権 |
Ex.租税、負担金、経費等の徴収権 | |
ウ | 特定の債権者に弁済又はその間で決済することを要する債権 |
Ex.交互計算に組み入れられた債権、受任者の費用前払請求権など | |
エ | 債権者の変更によって権利の行使に著しい差異を生じる債権 |
Ex.終身定期金債権、契約上の扶養請求権、使用借地権など ※債権者と債務者の個人的関係に基礎を置くため、債務者の承諾があれば差押え可能。 |
もっとも、年金や生活保護が差押禁止債権に該当するとしても、たける氏がこれらを受給して、自身の預金口座に入金された場合には、この預金債権を差し押さえることは可能です。
なぜなら、預金債権の原資が差押禁止債権であったとしても、形式的にみれば、預金者と金融機関との消費寄託契約に基づく債権にすぎず、外形的には生活保障的要素等が見られるわけではないからです。
つまり、差押禁止債権であったとしても、その目的物が一旦受給権者の預金口座に入金された場合には、その法的性質は、通常の金融機関に対する預金債権に変化してしまいます。
したがって、一般的には、
預金債権は、その原資が差押禁止債権であったとしても、差押禁止債権にはならない
とされています(最判平10年2月10日金判1056号6頁)。
よって、たける氏が受給した年金や生活保護を預金口座に入金した場合には、この預金債権を差し押さえることができます。
これに対するたける氏の対応としては、差押禁止債権の範囲変更(民執153条)を自ら申立て、年金等が入金された預金口座の差押えを禁止してもらう必要があります。
申立てがあった場合、裁判所は、「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」を考慮して範囲変更の決定をします。
「債務者の生活の状況」としては、現在の一般的な生活水準に比較して、債務者が差押えによって著しい支障を生じない程度の生活水準を確保し得るか否かが基準となります
他方、「債権者の生活の状況」としては、
が問題となり、これらを比較衡量して、範囲変更の必要性の有無及び程度が判断されます。
もっとも、公的年金や生活保護費は、本来、差押禁止債権であるため、それが預金債権になった場合でも、差押禁止債権の範囲の変更の申立てが認められやすいようです。
以上のように、たける氏が受給している年金や生活保護は、原則として差し押さえることができません。
しかし、
その預金債権を差し押さえることができます。
もっとも、その場合でも差し押さえるべき預金口座が特定されていること、
つまり銀行名・支店名が分かっていなければなりません。
預金名義人でない第三者からはその特定は困難であることが多いです。
将来的に貸したお金をきちんと返してもらいたいというのであれば、
相手がどこにどのような財産を所有しているのかを把握していること
も重要ですが、まずは
契約書や借用書を作成し、お金を貸したという事実を証拠化すること
そして
(連帯)保証人や質権、抵当権等の担保を取っておくこと
をお勧めいたします。