破産者が、破産手続開始前に、遺産分割協議を行うケースがあります。
その際に、破産者自身は全く遺産を相続しないか、あるいはごくわずかしか遺産を相続せず、他の相続人が遺産のほとんどを相続するというケースが見られます。
これらのケースにおいて、破産管財人が他の相続人に対して否認権を行使して、「破産手続との関係で当該遺産分割協議を取り消すことができるのか」が問題となります。
まず否認権についてご説明します。
について、破産手続との関係で、その効力を否定して逸出した財産を回復させる制度が、否認権になります。
又は、偏頗弁済を受けた債権者をあらためて手続に取り込む制度をいいます。
この否認権には、行為態様や否認の目的・効果等を考慮して、詐害行為否認と偏波行為否認が破産法に規定されています。
このうち詐害行為とは、債務者の責任財産を絶対的に減少させる行為をいいます。
そして、
債務者(破産者)に利益をもたらさず、財産の減少のみが結果として現れます。
そのため、詐害性が強く、また、相手方の利益を考慮する必要もないことから、無償行為否認として、詐害行為否認の特殊類型として規定されています。(破産法160条3項)
他の詐害行為否認と異なり、「破産者の主観的要件の具備を要しないもの」としてその要件が緩和されています。
【破産法160条3項】
破産者が支払の停止等があった後、又はその前六月以内にした無償行為、及びこれと同視すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
(※個人情報秘匿のため、仮名を用い、一部事案を変更しています。)
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では、たける氏が受給している年金や生活保護を差し押さえ、強制執行をすることができるのでしょうか?
上記のとおり、破産法上の否認権は、「破産手続開始前にされた」「破産債権者を害する行為」の効力を、破産手続との関係で否認をして、財産の状態を回復することを目的とする制度です。
そのため、否認権は、民法上の詐害行為取消権(民法424条)とその趣旨、機能が共通する制度であると考えられています。
詐害行為取消権とは、債権者が、債権の引当となる責任財産を保全するため、債務者が債権者を害することを知りながらした法律行為およびこれに準じる行為の取消しを裁判所に請求することができる権利です。
この詐害行為取消権は、「債務者の責任財産を保全するための制度」です。
このことから、詐害行為取消権に関する規定は、財産権を目的としない法律行為には適用されないものとして規定されています(民法424条2項)
ここで、相続法上の行為のうち「相続放棄」については、裁判所は、次のような理由を挙げて、詐害行為取消権の対象にはならないとしています(最判昭49・9・20民集28-6-1202)
① | 詐害行為取消権の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為でなければならず、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを含まない。
相続放棄は、相続人の意思からいっても、また法律上の効果からいっても、既得財産を積極的に減少させる行為というよりは、むしろ、消極的にその増加を妨げる行為にすぎない。 |
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② | 相続放棄のような身分行為については、他人の意思によってこれを強制すべきでない。
相続放棄を詐害行為として取り消すことができるとすれば、相続人に対して相続の承認を強制することと同じ結果となり、不当である。 |
では、相続人が法定相続分と異なる遺産分割協議をして遺産を相続したときに、この合意を詐害行為取消権の対象とすることはできるのでしょうか。
遺産分割協議による財産の移転は、家族法上の「身分行為に関係するもの」です。
身分行為は本人の意思を尊重すべきであることから、「財産権を目的としない行為に当たるのではないか」が問題となります。
この点について、相続人債権者が詐害行為取消権を行使した裁判があり、裁判所は、次のように判断しています(最判平11・6・11民集53-5-898)。
遺産分割協議は、
相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、
その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、
又は新たな共有関係に移行させることによって、
相続財産の帰属を確定させるものであり、
その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができる。
このように、「遺産分割協議は詐害行為取消権の対象になり得る」と判断されています。
上記のとおり、これまで遺産分割協議は詐害行為取消権の対象となり得ることは、裁判所で認められていました。
では、詐害行為取消権と制度が類似している否認権については、遺産分割協議は対象となるのでしょうか?
この点について、「遺産分割協議が無償行為否認に当たるのではないか」
と争われた裁判例があります(東京高裁平成27・11・9金判1482-22)。
事案の概要は次のとおりです。
Yは、父Aと母Bの長男で、二男Zがいます。Aが平成21年7月8日に死亡したことにより、YとZは、Aの遺産に関する遺産分割協議を行いました(Bは昭和62年6月9日に死亡)。
平成22年1月9日遺産分割協議書が作成され、総額2億3710万2600円相当のAの遺産のうち、2億1111万7740円分をYが取得し、Zは土地一筆およびAが経営していた会社の株式2400株の合計である2598万4860円のみを取得しました。
その後、平成22年5月頃、Zは債務整理を弁護士に依頼し、同月6日頃には、弁護士から受任通知が各債権者に通知され、支払も停止されました。
平成23年6月15日、Zは東京地方裁判所から破産手続開始決定を受け、Xが破産管財人に選任されました。
Xは、本件遺産分割協議によりYが法定相続分を超えて取得した9256万6440円相当分(本件超過取得部分)について、これが支払停止前6か月以内にした無償行為に該当するものとして、破産法160条3項により否認権を行使し、価額償還請求として、9256万6440円及び年5分の割合により遅延損害金の支払いを請求しました。
この事案においては、主に次の2点が争われました。
① | 遺産分割協議は、破産法160条3項規定の無償行為に当たるか? |
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② | 本件遺産分割協議のうち、本件超過取得部分の合意が無償行為に当たる特段の事情が認められるか? |
まず、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為が、
それによって法定相続分又は具体的相続分を下回る遺産しか取得しない者が行う「無償行為」(破産法160条3項)に該当するか否か検討されました。
この点について、裁判所は次のような理由から、遺産分割協議は、原則として、破産法160条3項の「無償行為」には当たらないと判断しました。
破産法160条3項「無償行為否認」の制度趣旨は、対象となる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためである(最判昭62・7・3民集41-5-1068)。
遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為であり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるといえることから、民法の詐害行為取消権の対象となり得るものであり、また、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もある。
民法906条は、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると規定しており、「遺産分割自由の原則」が認められている。したがって、遺産分割協議による分割は、共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであるならば、基本的にはこれを尊重すべきであり、経済的な対価がないということのみをもって、無償行為に当たるとはいえない。
実質的にみても、債務者である相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続放棄により左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は、直ちにこれを共同担保として期待すべきではない(最判平13・11・22民集55-6-1033)。
もっとも、遺産分割協議が、民法906条に規定されている事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、例外的に、破産法160条3項の無償行為に当たり得ると判断しました。
上記のとおり、遺産分割協議は、原則として、破産法160条3項の無償行為には当たらないものの、遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りる特段の事情がある場合には、例外的に無償行為に当たることになります。
そのため、次にこの特段の事情が認められるか否かについて検討されました。裁判所は次のような理由から、本件では特段の事情は認められず、本件遺産分割協議における本件超過取得部分に係る合意は、無償行為には当たらないと判断しました。
① | 亡Aの遺産中の多数の土地が、江戸時代から代々庄屋として農業を営んできた歴代の当主に受け継がれていた経過を尊重して、新しく当主となるYにこれらのほとんどを取得させたものであること。 |
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② | 亡Aは、生前、Zに対して、当主が代々承継して守ってきた財産とは別の土地等については、亡Bの相続の際、Zに優先的に取得させたこと。 |
③ | Zに亡Aの経営していた不動産管理を目的とする商事会社の経営を引き継がせた上、同社の亡Aに対するほとんどの債務(合計4542万円)を免除したこと。 |
④ | Zの住宅を亡Aの遺産である土地上に建築することを認め、亡A自らZの住宅ローンの保証人になって、同土地上に抵当権を設定して、Zの住居を確保できるようにしていたこと。 |
⑤ | 本件遺産分割協議によって、Yが新たな当主として亡Aの遺産の大部分を占める土地の維持管理のほか、相続債務その他諸費用の負担をするに至っていること。 |
このように、裁判所は①遺産の内容、②承継の経緯、③破産者Zに関するその余の事情、④⑤受益者Yに関するその余の事情を考慮して、本件遺産分割協議は無償行為には当たらないと判断しました。
本件は無償行為否認に関する事案ですので、破産者Zや受益者Yの主観については考慮されていません。
また、本件の判断基準については、無償行為否認に限定されるものではなく、一般的な詐害行為否認(破産法160条1項)や民法の詐害行為取消権にも基本的には適用されるものと考えられています(高須順一『Ⅳ法的回収(執行・倒産)10遺産分割協議と無償行為否認』金融法務事情No.2049、54頁)。
以上のように、遺産分割協議は、原則として無償行為否認の対象とはなりません。
しかし、遺産分割協議が、民法906条に規定されている事情とは無関係に行われ、遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときは、例外的に、破産法160条3項の無償行為否認の対象になり得ることになります。
そのため、破産手続の申立て検討している場合に、財産を守るため、自分ではなく他の相続人にすべて遺産を相続させるような内容の遺産分割協議をしたときには、無償行為に該当してしまい、破産管財人によって否認権が行使され、破産手続との関係では遺産分割協議が取消しになる可能性がありますので、注意が必要です。