近年、ある自動車を不特定多数の者でシェアする、「カーシェアリング」が、一つのビジネスモデルとして台頭しています。
企業が展開するカーシェアリングは、自動車管理会社及び利用者間で、一定の規約に基づいて利用することになります。
しかし今回は、そのような取り決めのない個人間の自動車の貸し借りを巡るトラブルについて、いくつか考えてみたいと思います。
以下、所有者をx、知人をYとします。
まず、車検証記載の所有者が、法律上その自動車の所有権を有する「所有者」ということになります。
そうすると、自動車の所有者xが、
「乗り逃げ」、「借りパク」した知人Yに対し、
この所有権に基づいて引渡請求をすることが可能です。
このようなシンプルな事例の場合、一見すると簡単に請求できるように思えます。
しかし、そもそもYの素性(名前、住所、電話番号等の個人情報)を知らなければ、請求自体が難航するということになりかねません。
また、Yがさらに別の人間に転々と譲渡していれば、自動車の所在自体が分からないという事態も考えられます。
そのため、そもそも自動車自体を貸さない、また、何らかの事情で貸さざるを得ない場合であっても、借主の漢字表記を含む氏名や電話番号、身分証を押さえておくことは最低限必要かと考えられます。
ここで注意しなければならないのは、例えば、後日Xが自動車を発見したとしても、Yに無断で引き上げることは控えるべきだということです。
実際には、回収に至る経緯やその方法によって判断は異なると考えられますが、現在の法律実務の基本的な考え方では、裁判所や国家機関を通じて回収を図るのが望ましいとされています。
それらによらず、自力で取り返そうとする場合には、そのような所有者自身の行為が窃盗罪に該当する可能性があります。
窃盗罪(刑法235条)というのは、「他人の財物」を対象物としますが、他人の所有物だけでなく、自己の所有物も含まれると考えられているためです。
まず、Yが人身事故を起こした場合の基本的な権利関係について確認します(任意保険の適用はここでは考慮しないこととします)。
事故被害者をAとすると、AはYに対して、不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます。事故を起こした運転手として当然の責任です。
しかし、法律上では、自動車の貸主、つまり所有者であるXにも一定の責任があると考えられています。
現在の法律実務は、交通事故が生じた場合において、その被害者の保護を重視する建て付けを取っています。
このことを示した法律が「自動車損害賠償保障法(いわゆる「自賠法」)です。
ここで、同法3条本文には、
自己のために自動車を運行の用に供する者は、
その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、
これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。
と規定されています。
そして、「自己のために自動車を運行の用に供する者」(運行供用者)に該当する場合には、責任を負うことになります。
その定義は最高裁の判例で示されています。
自賠法3条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、
自動車の使用についての支配権を有し、
かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味する。
(最判昭43・9・24)
今回の事例では、Xの貸すという行為は、民法上使用貸借契約に当たります。
貸主であるXは、「運行供用者」に当たると考えるのが裁判所の主流といえます。
Xの所有する自動車を運転するYが事故を起こした場合には、原則として、Aは、Yだけでなく、Xに対しても、損害賠償請求ができるということになるのです。
ただし、下記の判例のとおり、使用貸借に関する合意内容やその後の返還に関する諸事情によっては、貸主であっても、
被害者として請求する場合にはこの点の検討も必要になります。
したがって、自動車を貸す場合には、以上のようなリスクがあることを踏まえた上で、
そもそも自動車自体を貸さない、
貸すにしても、
なお、仮にXがAに対して、損害賠償の支払いを履行した場合には、その内の一部又は全部を、また物損が生じた場合にも、運転者のYに請求(求償)することも考えられます。
前記【1】,【2】は、主に物の返還や金銭の支払いに関するものとして民事上の問題となります。
これに対し、警察行政や司法裁判所とYとの間の刑事処罰に関するものが、刑事上の問題となります。
例えば、Xが、Yの件で警察に被害相談をしたとします。
この場合、YがXから借りた自動車を返さないという行為については、詐欺罪(刑法246条)や横領罪(刑法252条第1項)が成立する可能性があります。
ただし、警察としては、民事不介入という言葉でよく知られるように、個人間の物の貸し借りという点を捉えて、被害届の受理に応じないという対応をとられることもままあるようです。
なので、より具体的に事実関係を伝えるなどして、犯罪性を帯びているものであると、迫真性をもったアピールをする必要があろうかと思われます。
この点については、告訴状の作成や被害相談に関して弁護士の協力を得ることも一つ考えられます。
以上のように、自動車の貸し借りを巡るトラブルについては、様々な問題が考えられますので、Xにとってはリスクを抱える結果となります。
少なくとも個人間においては、極力自動車は他人には貸さないという判断が賢明といえます。
※実際の事実関係によって大きく異なる場合がありますので、当事務所ではご相談をお受けできない場合があります。
※当事務所では、加害者側の相談を承っておりません。