令和3年5月25日の日本経済新聞にこのような記事がありました(記事抜粋)。
厚生労働省は25日、過労死や過労自殺を防ぐための対策をまとめた「過労死等防止対策大綱」の改定案を公表した。
退社から翌日の出社まで一定時間を空ける「勤務間インターバル」の導入企業の目標を10%から15%に引き上げる。目標の達成時期は25年にする。7月にも閣議決定し、国の施策に反映する。
… ただ、導入企業の割合は20年に4.2%と、従来目標も遠い。
政府は特に導入率が低い中小企業向けの取り組みを強化し、目標達成を目指す。…
この記事にありますように、政府は2025年までの間に「勤務間インターバル」を15%の企業に導入させることを目標に掲げようとしています。
政府はさらに、この「勤務間インターバル」について中小企業向けの取り組みを強化しようとしていることから、多くの中小企業が影響を受けることが予想されます。
「勤務間インターバル」とは、
企業が労働者の終業時間から始業時間までの間に、
一定の休息時間(インターバル)を設定すること
をいいます。
これにより
例えば、仮にインターバルを11時間と設定していた企業の場合には、始業時間が午前8時の企業で~午後9時に仕事が終わった場合、翌日の始業時間は午前8時以降でなければなりません。
もともとEU諸国では、この「勤務間インターバル」は以前から導入されていました。
EUの労働時間指令第3条では、加盟国は、すべての労働者に、1日の休憩時間について、少なくとも24時間ごとに連続11時間の休息時間を確保するための必要な措置を講じなければならない、という内容で規定されています。
他方、日本では長年の間、過労死が社会問題化していましたが、そうした中でも労働者に違法な時間外労働を課す企業が後を絶ちませんでした。
そのような中で、政府が主導する「働き方改革」のもと、2018年6月29日に成立した「働き方改革関連法」に基づき「労働時間等設定改善法」が改正され、この「勤務間インターバル」が事業主の努力義務として規定されました(2019年4月4日施行)。
具体的には、「労働時間等設定改善法」の第1条の2第2項および第2条第1項に次のとおり規定されました。
(定義) |
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第1条の2第2項
この法律において「労働時間等の設定」とは、労働時間、休日数、年次有給休暇を与える時季、深夜業の回数、終業から始業までの時間その他の労働時間等に関する事項を定めることをいう。 |
(事業主等の責務) |
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第2条第1項
事業主は、その雇用する労働者の労働時間等の設定の改善を図るため、
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このように、「労働時間等」の定義として、「終業から始業までの時間」が新たに加えられ、「勤務間インターバル」の導入を事業主の努力義務として規定されることになりました。
以上のように、「勤務間インターバル」の導入は事業主の努力義務となりました。
では、この努力義務とはどのようなことなのでしょうか?
違反した場合には何か罰則等はあるのでしょうか?
例えば、労働基準法第32条には、
使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
と規定しており、これに違反した場合には、
同法119条により、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処する。
と規定されています。
このように、法律では「~してはならない。」と義務を課し、この義務を履行させるために懲役刑や罰金等の罰則規定が設けられている義務規定があります。
他方で、「勤務間インターバル」の規定のように、条文上は「~するように努めなければならない。」と規定されているものは、通常は罰則規定が設けられておらず、履行しなくとも法的なペナルティはありません。
このように規定されたものを努力義務規定といいます。
「勤務間インターバル」はあくまでも努力義務であるため、事業主に導入を強制するものではなく、また導入しなかったとしても罰則を受けることはありません。
そのため、「勤務間インターバル」を導入するかどうかは企業の任意によることになります。
もっとも、使用者は
労働契約上の信義則(1条2項)に基づき、労働者の生命や健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)
(労働契約法5条、最判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁など参照)。
を負っています。
この安全配慮義務に違反した場合には、企業は労働者に対して
債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります。
安全配慮義務の内容としては、裁判例によると、
「使用者は労働者が過重労働により心身の健康を損なわないよう注意する義務」を負うものとされています。
そのため、「勤務間インターバル」自体は努力義務であったとしても、今後は安全配慮義務違反を判断する上で、1の事情として考慮される可能性もあるかと思われます。
政府が「勤務間インターバル」の導入を推進する目的は、労働者の健康な生活を確保することにあります。
では、導入により企業にはどのようなメリットが生じるのでしょうか?
例えば、導入することにより以下のようなメリットが考えられます。
1 | 労働者が十分な休息時間を確保できることにより、過労死などの労働災害の防止や、離職率の低下が期待できる。 |
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2 | 労働者の就業時間が制限されることにより、いわゆる「ダラダラ残業」の抑止につながり、結果として業務が効率化され、生産性の向上につながる。 |
つまり、企業としては、
では、「勤務間インターバル」はどのようにして導入すればよいのかについて簡単にご紹介します。
ステップ1 | 残業時間の実態を把握する |
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「勤務間インターバル」を導入する際には、まず、どの部署で、どの業務に従事している労働者が、どのくらい残業しているのかを把握する必要があります。 |
ステップ2 | インターバル時間を設計する |
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以下の要素を考慮しながら、企業にあった「勤務間インターバル」の制度を設計します。
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ステップ3 | 必要に応じて制度や人員配置を見直す |
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「勤務間インターバル」を導入した場合には、テストランをすることで制度が機能しているかチェックしましょう。導入により業務に支障が生じている場合には、インターバル時間の見直しや、適正な人員配置の見直しを行います。 |
そして、インターバル時間についてですが、政府としては最低時間のようなものは設けていません。基本的には企業が自由にインターバル時間を決めることができます。
ただし、後述するように、「勤務間インターバル」を導入する場合の助成金の支給対象が、最低でも9時間以上のインターバル時間を確保することとされています。
そのため、9時間~12時間程度のインターバル時間がよいかと思われます。
「勤務間インターバル」を導入すると助成金が支給されます。
厚生労働省のホームページ
働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース) 詳しくはコチラ |
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に詳細が記載されていますので、導入する場合には条件や手続きについて確認しましょう。
簡単に説明しますと、
【支給対象となる事業主】
業種 | A 資本または出資額 |
B 常時雇用する労働者 |
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小売業(飲食店を含む) | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
【支給対象となる取組】
※いずれか1つを実施する。
1 | 労務管理担当者に対する研修 |
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2 | 労働者に対する研修、周知・啓発 |
3 | 外部専門家(社会保険労務士、中小企業診断士など)によるコンサルティング |
4 | 就業規則・労使協定等の作成・変更 |
5 | 人材確保に向けた取組 |
6 | 労務管理用ソフトウェアの導入・更新 |
7 | 労務管理用機器の導入・更新 |
8 | デジタル式運行記録計(デジタコ)の導入・更新 |
9 | 労働能率の増進に資する設備・機器等の導入・更新 (小売業のPOS装置、自動車修理業の自動車リフト、運送業の洗車機など) |
※研修には、業務研修も含みます。
※原則としてパソコン、タブレット、スマートフォンは対象となりません。
現時点では、「勤務間インターバル」を導入している企業は4.2%とまだまだ少ないのが現状です。
しかし、労働人口が減少し、人材の確保が難しくなってきており、また長時間労働や過労死などが社会問題化しています。
「勤務間インターバル」を導入することで、労働者の心身の健康を守ることはもちろん、生産性の向上や離職率の低下などが期待でき、企業にとってもメリットがあると考えられます。
厚生労働省のホームページに、「勤務間インターバル」を導入した企業の導入事例も紹介されています。
詳しくはコチラ
労働者の生産性や離職率でお悩みの中小企業の社長さんは、導入事例も参考にしながら、一度「勤務間インターバル」の導入を検討してみるのもよいかもしれません。