令和3年4月8日、ある出来事が世間の注目を集めました。
眞子様との結婚が内定している「海の王子」こと、小室圭さんが、母・佳代さんと元婚約者の方との金銭トラブルについて、合計28頁、およそ4万字にわたる大作を公表したのです。
その文書では、小室さんが母の元婚約者から婚約解消を告げられた時のやり取りについて記述がされています。
その中でも、小室さんが「録音データ」の存在を明らかにしたことが1つ注目されました。
その録音データは、母・佳代さんと婚約者の方が金銭の清算について話し合いをしていた中で、同席していた小室さんが機転を利かせて咄嗟に録音したというものでした。
小室さんが咄嗟に録音したものということですので、おそらく、婚約者の方の同意はなかったのではないかと思われます。
このような出来事は、離婚事件においてもよく見られます。
例えば、不貞行為の証拠を取るために、相手に無断で録音し、音声データを取るようなことがあります。
では、このように相手の同意を得ず、無断で録音した音声データは、民事裁判において証拠とできるのでしょうか?
刑事裁判では、
と認められる場合には、証拠能力が否定されるべきであること
が判例上認められています(最判昭和53年9月7日刑集32-6-1672)。
これを「違法収集証拠の排除法則」といいます。
なぜ「違法収集証拠の排除法則」が認められているのでしょうか?
適正手続の保障を定めた憲法31条の精神というものがあります。
少なくとも「憲法違反」その他「手続の重大な違法」があった場合には、捜査の違法を防止し、適正な手続の保障を担保するため、そのように違法な手段で得られた証拠の証拠能力は否定すべきである
と考えられるからです。
このように刑事裁判においては、違法に収集された証拠は証拠能力が否定される場合が広く認められています。
これに対して、民事裁判においては違法に収集された証拠の証拠能力に関する民事訴訟法上の規定はありません。
原則として証拠能力の制限はないとされています。
なぜなら、基本的に私人間の紛争を解決する民事裁判においては、一方当事者が公権力を行使して強制的に証拠を収集する手段がありません。
ですから、証拠が違法に収集されることを抑止する必要性に乏しく、裁判官が自由な心証により判断した方が、真実発見に適うと考えられているからです(これを自由心証主義と言います)。
そのため、違法に収集された証拠であっても、裁判官の自由な心証の問題にとどめ、その証拠の証明力を低く評価することで対処すべきであるという見解があります。
この見解によれば、証明力の高低は変わってきますが、証拠能力自体が否定されるわけではありません。
しかしながら、違法に収集された証拠を裁判所が事実認定の資料として用いることは、民事訴訟における公正の原則や、訴訟上の信義誠実義務の原則を損なうことになります。
また、裁判所は違法な行為を認めたとの誤解を与えかねず、違法な行為を誘発するおそれも否定できません。
そのため近時の学説では、
そのような学説状況の中、下級審の裁判例においても、証拠が著しく反社会的な手段を用いて、人の人格権侵害を伴う方法によって収集されたものであるときは、その証拠能力が否定されたものもあります。
裁判例で最も多いのは、無断で録音された音声データです。
その無断で録音された音声データの証拠能力について、公序良俗に反し、あるいは話者の人格権を侵害して違法に収集した証拠とはいえないとして
証拠能力を認めたものがあります(東京地判昭和46年4月26日判時641-81、東京高判昭和52年7月15日判時867-60)。
他方で、特段の事由がない限り、不法手段で収集された証拠というべきで、信義誠実の原則・公正の原則に反するとして証拠能力を否定したものもあります(大分地判昭和46年11月8日判時656-82)。
この裁判例では、以下のように述べ、結論として証拠能力を否定しました。
相手方の同意なしに対話を録音することは、
など特段の事情がない限り、
「相手方の人格権を侵害する不法な行為」というべきである。
民事事件の一方の当事者の証拠固めというような私的利益のみでは、未だ一般的にこれを正当化することはできない。
したがって、対話の相手方の同意のない無断録音データは「不法手段で収集された証拠」というべきである。
法廷においてこれを証拠として許容することは訴訟法上の信義則、公正の原則に反するものと解すべきである。
また、最近においても、民事裁判において無断録音の音声データが違法に収集された証拠であるとして、証拠能力が否定された裁判例があります(東京高判平成28年5月19日ジュリスト1496号4頁)
この事案は、大学の事務職員が「所属する部署の上司からパワハラを受けた」として、大学の「ハラスメント防止委員会」に対して申立てを行ったものです。
その「ハラスメント防止委員会」の審議において、委員が事務職員を侮辱し、名誉を棄損する発言をしたことにより、人格権が侵害されたとして、損害賠償を請求しました。
その裁判の中で、事務職員は当該委員の発言を無断で録音したデータを証拠として提出しました。
このような経緯の中で、裁判所は以下のように判断しました。
民事訴訟法は、自由心証主義を採用し(民訴247条)、一般的に証拠能力を制限する規定を設けていないことからすれば、違法収集証拠であっても、それだけで直ちに証拠能力が否定されることはないというべきである。
しかしながら、いかなる違法収集証拠もその証拠能力を否定されないことはないとすると、私人による違法行為を助長し、法秩序の維持を目的とする裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのである。
民事訴訟における公正性の要請、当事者の信義誠実義務に照らすと、
等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民訴2条)に反するといえる場合には、例外として、当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である
その上で、本判決は大きく以下の①~③の事情が認められるとして、当該無断録音データは訴訟法上の信義則に反し許されず、証拠能力を否定しました。
①委員会は非公開であり、録音しない運用がされていた委員会の審議の内容を無断で録音したものであること。
②委員会は、ハラスメントに関係する者のセンシティブな情報や事実関係を扱っており、認定の客観性、信頼性を確保するためには、自由に発言し、討議できることが保障される必要があり、関係者のプライバシーや人格権の保護のためにも、委員の守秘義務、審議の秘密の必要性が特に高く、無断録音の違法性の程度は極めて高いこと。
③事務員の主張する事実との関係で証拠価値が乏しい又は認めることができないこと。
この裁判例においても、
その他には、以下のような裁判例があります。
これまで見てきたように、無断で録音された音声データの証拠能力も、相手に無断であるというだけでは一律に判断することはできません。
などを総合して、無断録音が社会的に容認できるかにより判断されます。
もっとも、裁判例を見てみますと、具体的な事情にもよりますが、無断録音データの証拠能力が否定されるケースは少ないのではないかと思われます。
ただし、何がなんでも不貞行為の証拠を押さえようと無理をしてしまい、相手の人格権を侵害してまで取得した証拠は、証拠能力が否定されてしまう可能性もあります。
あまりにも無理をしてしまうと、結果として、後悔(航海)することになってしまうでしょう。