Q6.
遺産分割の際に姉がすべての不動産を取得する代わりに、私と妹に相続分の代償金を支払うことで合意しました。
不動産の名義は姉になりましたが、姉から代償金の支払いがなかったため、姉に連絡したところ、「お金がないから」という理由で支払ってもらえません。
どうしたらいいでしょうか?
第1に、代償金の支払義務を履行しない姉と話し合い、一度成立した遺産分割協議を合意により解除して、不動産の名義を元に戻すことが考えられます。
第2に、姉が遺産分割協議の解除に合意してくれない場合には、以下のケースに応じて、強制執行により姉の代償金の支払を実現することになります。
まず、協議により成立した遺産分割協議について公正証書を作成しているケース、調停・審判により遺産分割協議が成立したケースでは、直ちに強制執行することにより、姉の代償金の支払を実現することができます。
他方、調停・審判ではなく単に共同相続人間の協議により遺産分割協議が成立した場合であり、かつ、公正証書を作成していないケースでは、直ちに強制執行することはできず、代償金の支払を求める訴訟を提起した上、その勝訴判決に基づいて強制執行することにより、姉の代償金の支払を実現することになります。
たとえば、ある商品の売買契約を締結した場合、買主が商品の代金を支払ってくれないときには、売主は買主の債務不履行(売買代金支払債務の不履行)を理由として、売買契約を一方的に解除することができます(民法541条)。
これにより、売主は買主に対し商品を引き渡すことを拒否することができますし、既に商品を引き渡しているときには、商品の返還を求めることができます。
しかし、判例上、共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合、相続人の一人が協議において負担した債務を履行しないときであっても、その債権を有する相続人は遺産分割協議を一方的に解除できないとされています(最高裁平成元年2月9日判決)。
そのため、今回のケースにおいて、姉が代償金の支払義務を履行しないことを理由に遺産分割協議を一方的に解除して白紙に戻すことはできないのです。
但し、判例によれば、一度成立した遺産分割協議を共同相続人全員の合意により解除して再度協議することは認められます(最高裁平成2年9月27日判決)。
つまり、姉に対し、代償金の支払が難しいのであれば一旦遺産分割協議を白紙に戻すよう説得できれば、妹を含めて共同相続人全員の合意により遺産分割協議を解除することは可能なのです。
もしも姉が遺産分割協議の解除に応じてくれないときには、姉に対して代償金の支払義務の履行を求めるほかありません。
話し合いにより姉が任意に代償金の支払をしてくれるのであればいいのですが、そうでないときには強制執行という手続により代償金の支払を強制的に実現します。
強制執行の手続を行うには、債務名義を必要とします(民事執行法22条)。
債務名義とは、簡単にいえば、債務の存在とその内容を公的に証明するものです。
債務名義の代表例は確定判決であり(同条1号)、共同相続人の協議により遺産分割協議が成立しているだけの場合には、訴訟を提起して姉に対する代償金の支払を命じる判決を取得しなければなりません。
他方、成立した遺産分割協議について公正証書を作成している場合、調停・審判により遺産分割協議が成立している場合には、公正証書・調停調書・審判書が債務名義になるため(同条5号・7号)、別途訴訟を提起することなく強制執行の手続を行うことができます。
今回のケースでは、まず姉を説得して一旦成立した遺産分割協議を合意解除することを試みましょう。
具体的には、「お金がないから」という理由は遺産分割協議において決まった代償金の支払債務を拒否する正当な理由にはならないこと、このまま支払をしてくれなければ強制執行しなければならないこと、一旦遺産分割協議を白紙に戻せば、後に代償金の支払のできる状況になったときに改めて遺産分割協議を成立させることができることなどを伝えましょう。
もし、姉が遺産分割協議の合意解除に応じてくれたときには、必ずその旨を書面にして、その書面に共同相続人全員の署名・押印(できれば実印)するようにしましょう。
そして、できれば、その書面を法務局に持参して、不動産の名義を姉から共同相続人の共有の状態に戻しておきましょう。
姉が遺産分割の合意解除に応じてくれない場合には、代償金の支払義務の履行を求めるほかありません。
まずは姉に代償金を支払うよう説得することになるでしょうが、今回のケースでは、それは功を奏しない可能性が高そうです。
その場合には、最終手段として、強制執行の手続により姉の代償金の支払を強制的に実現することになります。
ここで、まず注意すべきは、姉の財産・資産等の資力の有無です。
なぜなら、強制執行とは姉の財産等の差押えによるのですが、差押えの対象になる財産を姉が全く持っていなければ、強制執行することができないからです。
具体的には、姉の保有する不動産・預金・生命保険の解約返戻金や勤務先の給料の有無などを把握しておきましょう。
先程説明したように、強制執行を行うには債務名義が必要です。
公正証書を作成している場合や調停・審判により遺産分割協議が成立している場合には、公正証書(強制執行手続においては執行証書といいます。)や調停調書・審判書が債務名義になりますから、改めて訴訟を提起して確定判決を取得する必要はありません。
他方、他方、調停・審判ではなく共同相続人間の協議により成立した遺産分割協議であって、かつ、公正証書を作成していない場合には、訴訟を提起して、姉に対する代償金の支払を命じる確定判決を取得する必要があります。
実際に強制執行を行うには、強制執行手続を管轄する執行裁判所に対して、申立書及び必要添付書類などを提出することになります。